荒川豊先生インタビュー(その4)

行動変容技術とコミュニケーション

【ーー】  行動変容、先ほど少し出てきたお話で、Zoomで例えばCPUの消費でさぼっている、内職しているのがばれるというお話がありましたが、そういうものも含めて、センシングを使うことで、会社に管理されるというような可能性、労働者にとってマイナスの使われ方をする危険性も場合によっては生じると思いますが、そういう危険性に関しては、何か注意したほうがよいことはあるでしょうか。
【荒川】  うちのラボでも、今、誰が研究室にいるか全部センシングされているんですね。それはみんなタグを持っていて、タグを持って学校に来るとスキャナーでピッと読まれて、自動的に誰がどこにいるかが可視化されていて、とても便利です。今、誰かがいるから、これ頼むとかって頼めますし、ディスカッションしたい学生が来てたら部屋に行くと行ったこともできます。我々の研究テーマの1つは、そういう同じ場にいる人たちに対して、AIが仲介してコミュニケーションを生み出すということにチャレンジしています。
 例えば、「XさんとYさんでランチ行ったらどう?」だったり、「コーヒー飲みませんか?」など、AIがSlack上で人間に提案してきます。この機能は、テレワークが進んだことで、たまにしか学校に来なくなってしまったことによる欠点を補い、その場にいる人たちのコミュニケーションを促進するものです。ご質問のように、労務管理に使われるとさぼっているのがばれると考える社員もいると思いますし、上司から行動を見られるのは嫌だという社員はいると思います。そのため、導入する際には、行動ログを喜んで見せたい状況をどうにか作れたりすると面白いと考えています。
 あと、本質的には、やはり会社や組織との信頼関係やエンゲージメントだと思います。会社にイキイキと来ている社員にとっては、そういうセンシングもおもろいじゃん、やってみようとなるんですけれども、さぼりたいという人からすると絶対嫌だとなるのは当たり前です。突き詰めると、組織論とかも出てくると思うんですね。そういったシステムを入れることによって、研究室とかはもうある程度マインドのセットとか合った学生か来ているので、楽しんで、おもろい、おもろいとやっていますけれども、そういう組織づくりに成功すれば、多分、プラスのスパイラルがどんどん回っていくんですけれども、そうではないところで同じようなことをやろうとすると、そのタグを学校にずっと置いておけば、学校にずっといることになるから、さぼっているのがばれないとかって、多分、そういうことをやり始める人が出てきて、何か結局、システムとして機能しないねとなってしまうような気がしますね。
【ーー】  今も、テレワークの労務管理システムは、軍拡競争ではないですが、さぼる側と見抜く側でエスカレートしているようですね。
【荒川】  そうなんですよ。なので、究極的には、時間型の労働ではなくて、知識集約型の労働に、なるべく多くの人がなれると一番いいと思うんですけれども、時間型の労働がなくなるわけではないので、その場合やっぱり、ITは労務管理に使えるというような文脈が結構出てくると思うんですよね。一方で、企業側が見たくないという声もあります。労働状況を計測すると、時給に対して過度に労働している人がいたり、同じ時給でも労働負荷が大きく違うと言う状況が明確になるわけですが、経営者としてはその時給で働いてくれているのであれば黙って働かせたいという側面もあるようです。さぼっているやつは見つけたいけれども、頑張っているやつは知らないふりしたいみたいな話を聞くと、何だかなあと思いますけど。特にブルーカラー系の企業でよく聴きます。
【ーー】  その辺りに関してもやはり、倫理的な問題であったり社会受容性であったりを、きちんと考えていかないといけないと。
【荒川】  そうですね。転職が容易になった現代としては、選択できるというのが大事だと思います。雇われる側はスキルを磨くことで、好きな仕事に就き、嫌なら別の会社に移れば良いわけですし、雇う側も働く人が快適に働けるようにしていく必要があります。うちは大学の研究室ですが、事務補佐員を3名雇用しており、在宅、勤務日、勤務時間は自由にお任せしています。子育てなどライフイベントもあるので、組織としてもレジリエンスが大切だと思います。双方がこのように考えれば、それぞれが適した会社で働き、良い会社には比較的良い人材が集まるといった好循環が生まれるのではないかと考えています。
【ーー】  そこは、例えば国や地方自治体で、健康診断やワクチン接種をするという場合にはほかの選択肢がないですが、企業でどのぐらいセンシングをやるか、そういったITを導入するかは、企業ごとにいろいろ選択の余地があるので、少し事情は違ってくるという感じでしょうか。
【荒川】  そうですね。就職活動の担当をやっているのですが、コロナ禍でも常に対面しかやらない企業さんもあります。うちは工場なので、テレワークとかあり得ないという感じで、採用もコロナ怖いといって来ないやつは要らないとかってはっきりおっしゃることもあります。学生たちもいろいろな企業を見ていますので、こうした企業は避けられる傾向があります。もちろん、そうした会社を好む学生もいないわけではないと思うのですが、選択肢がいっぱいあるというのが重要かなと思います。企業の文化とか、そういったところを創るところも結構大事だと思いますね。
【ーー】  中長期的には、いろいろなバリエーションが出てきて、淘汰されることで、ある程度バランスのいい在り方の企業が残っていくと。
【荒川】  変化に対応できる企業が残り、そうした企業は合うものを使っていくんじゃないかなと思いますね。そういう意味でも、コロナのインパクトは相当大きかったと思います。テコでも動かない人たちのマインドが変わり、テレワークや、地方勤務、フルリモートみたいな新しい働き方が広まったように思います。一方で、GAFAはやっぱり対面に戻すという話が出てきたりして、やはり対面とオンラインの違いが大きいのだというのも否めません。我々研究者からすると、オンライン会議と対面の違いを計測し、改善するような情報技術の研究をこれからもやっていかないといけないなと思います。
 学会や教授会などでも、発表や議題だけであればオンラインで構わないのですが、実は休憩中の雑談が重要だったりして、その部分をオンライン会議では補えません。そのため、学会についてはほとんどが対面に回帰しています。
 今後、VR技術・メタバースが発展すると、オンライン空間で実世界のように雑談して回れるような会議システムができるかもしれませんが、まだまだ時間がかかりそうです。
【ーー】  その辺は今後、コロナをきっかけにして、かなり極端にオンラインは駄目だという話になるのか、あるいはよりリアルっぽいオンラインを追求していくのか、両者を使い分けるのか、その辺の方向性が今後見えてきて、それに応じて必要なテクノロジーを提供していく、開発していくという感じになると。
【荒川】  そうですね。みんな使い分けしていくと思います。学会は対面に戻っていますが、ハイブリッドで行うことで、どこからでも参加できるという点や録画できるという点などの利点は残していたりします。
 人間って1人じゃ生きていけないというのは、哲学的に何かあるんじゃないかなと思うんですけれども、コミュニケーションする生き物なので、そこがかなりカットされているのはどうにか補わないといけないなと感じます。研究室では、Slackを使っていますが、要件だけになってしまっています。部屋での雑談の中から学友のことをより深く知ることがあると思うっているのですが、それが失われている感じです。そこで、質問するAIボットを導入しています。秘書さんとかにも、AIは区別なく、趣味は何ですかとか聞いていて、聞いた内容をシェアしてくるんですよ、みんなに。こんな趣味がある人がいますとかって。それを見て、みんな、へえ、へえ、へえとかってボタンを押していたりして、そうすると何かその人の人となりとかが何となく親近感がわいてきたりとかするので、なかなか面白いです。これはとある企業が作ったやつを導入しているんですが、体感的には効果が大きいなという感じです。
【ーー】  インフォーマルなコミュニケーションをいかにオンラインで促進するかということに関しては、今後いろいろ新しいものが出てくる余地がある感じでしょうか。

おすすめの文献

【ーー】  事前に用意した最後の質問になります。人工知能に関して、あるいは荒川先生が取り組まれているようなセンシングや行動変容ということを考える上で参考になるような文献などがあったら教えていただけますでしょうか。
【荒川】  さっきのUCLAのやつはすぐお送りしましょうかね。
【ーー】  そうですね。はい。
【荒川】  とても面白いです。
【ーー】  そのほか、専門的なものでも、フィクションでも構いませんが、なにかありますでしょうか。
【荒川】  僕が、人工知能に限らないんですけれども、東大なので御存じかもしれないですけれども、馬田さんという方が書かれた本が面白くて。『未来を実装する』という本があって、結局、何かテクノロジーも、要するに技術も大事なんだけれども、ただ、結局、社会を変えるためには、その技術をどう広げるか、社会受容性をどう高めるかが大事。いい技術だからといって放っておいて広がるものではないよみたいなことが書いてあって、すごい背中を押される感じでした。そうだよねと思いながら、そういったときに心理学とか、哲学とかを考えていかないと、結局、社会で受容されない技術というのはどうしようもないというような、なので、COCOAを作っても、結局、使われなかったら意味ないよねというのがまさに書いてあるという感じでしたね。
【ーー】  この馬田さんの本は、荒川先生の現在の問題意識に非常に近いですね。
【荒川】  かなり近かったですね。はい。
【ーー】  先ほどのユニットも、こういう形で行動変容を実際に社会実装していくことが目的になるという感じなのですね。
【荒川】  はい。だから、この本があったおかげで、学内の偉い方を説得できました。大学の目標は、多くの場合、基礎研究なんですよね。九大の場合は、脱炭素、医療、環境・資源と言う3つの柱が謳われています。そして、その評価は、引用何件といった論文の数値で評価され、社会実装などはあまり重視されていません。それに対して、重要な基礎技術についても、それが社会でどう使われていくのというのは考えなければいけないから、社会に浸透させていくプロセスを学問にしましょうという絵を描いて上層部を説得しました。
【ーー】  従来の工学よりも1段階意欲的な、より大きなパッケージを目指していくということですね。
【荒川】  はい。ただ、上層部は、それは企業がやればいいんじゃないのって大体言うんですよ。社会実装は企業で、大学は基礎研究(論文と特許)に注力というのが、何か逃げ口上になっている感じがして。
【ーー】  むしろ、それで済まさないと。
【荒川】  そうです。そこで論文を書いて終わっているんですよね。論文も大事なので、書かないわけじゃないんですけれども、社会実装も一緒にしていかないと結局使われませんよね。企業のマインドも多少変わりつつあって、こういう社会実装のときに全部企業でやるだけではなくて、産学、学も巻き込んでいこうという企業さんもいらっしゃるので、何か一緒にやれるところをうまく大学としても見つけてやればいいじゃないと考えています。
 
【ーー】  なるほど。非常に興味深い試みなので、今後もこのユニットの活動は注目したいと思います。
【荒川】  よろしくお願いします。
【ーー】  では、事前に用意した質問を伺いましたので、インタビューを終了したいと思います。どうもありがとうございました。
【荒川】  はい。ありがとうございました。

2022年3月24日Zoomによるオンラインインタビュー
聞き手:鈴木貴之

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