ワークショップ:思考力とウェルビーイング

近年では、批判的思考力の重要性が説かれ、大学でもさまざまな形で批判的思考力を高める教育が行われています。RISTEX鈴木プロジェクトでも、メンバーの植原亮さんが、『思考力改善ドリルー批判的思考から科学的思考へ』(勁草書房、2020年)を出版しました。これを受けて、鈴木プロジェクトでは、JST/RISTEX研究開発プロジェクト「自律機械と市民をつなぐ責任概念の策定」(代表:松浦和也)および東洋大学国際哲学研究センターとの共催で、2021年1月23日(土)に批判的思考力をテーマとしたオンラインワークショップを開催しました。ワークショップでは、植原さんの著書をひとつの手がかりとして、批判的思考力と科学的思考力はどのような関係にあるのか、情報テクノロジーを用いて思考力を高めることにはどのような可能性や危険性があるのか、思考力を高めることはウェルビーイングの向上につながるのか、といった問題について広く議論しました。

提題タイトルと要旨:

植原亮「『思考力改善ドリル』からウェルビーイングへ」

この提題では、まず『思考力改善ドリル』がいかなる企図のもとに執筆されたかを述べることで、そこで想定されている思考力とはどのようなものであるかを示す。次いで、『ドリル』で扱うことのできなかったトピックについて、補足的な説明を行う。そのうえで、『ドリル』の構想とウェルビーイングという概念との接点を検討し、今後の課題や展望を明らかにしたい。

信原幸弘「思考・情動・ウェルビーイング」

不適切な情動は悪しき思考を招き、ウェルビーイングを損ねる恐れがある。しかし、善き思考には情動の排除ではなく、適切な情動が不可欠であり、そのような情動に基づく善き思考はウェルビーイングに寄与しうる。このような見方に立脚して『思考力改善ドリル』で目指された思考力の改善がウェルビーイングとどう関係するかを検討する。

松浦和也「二義的な、神々に愛されぬ者たちの幸せ」

もし、現代社会が想定する「大人」の人間とは、健全な思考力を持った理性的な人間であるとしたら、各々がウェル・ビーイングを達成するためには、そのような思考力を持つことが必須となるだろう。しかし、健全な思考力を持つことはウェル・ビーイングのためにどこまで必要なのか。本提題は、思考力あるいは理性能力とウェル・ビーイング/幸せを強力に結び付けてしまった歴史的要因のひとつである古代哲学からいくつかのマイナーな論点を提示し、健全な思考力を持ちえない者たちの幸せを定位する可能性を追求したい。

渡邊淳司「”わたしたちのウェルビーイング”に向けた思考とテクネ」

本提題では、『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために』(BNN、2020、監修:渡邊淳司、ドミニク・チェン)で取り上げられている、協調的かつ俯瞰的な立場から捉えるウェルビーイングについて紹介し、それに対しどのようにアプローチすることができるのか、認知的・技術的なフレームワークについて議論する。これらのフレームワークは、身体への感受性に基づく思考をうながし、わたしたちのウェルビーイングの持続性の基盤となるものである。

このワークショップをきっかけとして、鈴木貴之が編者となり、『国際哲学研究』(東洋大学国際哲学研究センター)第11号にウェルビーイングの哲学特集が組まれることになりました。特集には、ワークショップの提題者である植原・信原・松浦の論文と、提題者渡邊と司会者鈴木の対談が収録され、近日中に国際哲学研究センターのウェブサイトで公開される予定です。(報告:鈴木貴之)