Japanese-European Meeting on Artificial Intelligence and Moral Enhancement (2019/11/26-27)

 本研究開発プロジェクトでは、「人工知能をはじめとする情報テクノロジーの社会実装を考える基礎となる概念枠組を構築し、情報テクノロジーの開発研究や社会実装に携わる人々および一般市民に提示すること」をその研究目標としている。この目標達成に向けて、第二グループ(立花グループ)では、「人工知能を用いて人間が徳を涵養することの可能性」を検討してきた。この取り組みは世界的にも先進的なものであるが、現在、グラナダ大学が中心となる研究グループが、スペイン政府の支援を受け、「Artificial Intelligence and Biotechnology of Moral Enhancement: Ethical Aspects」と題した類似の研究課題に取り組んでいる。そこで、同研究グループとの国際共同研究に向けた研究交流を行った。
 2019年11月下旬に、鈴木・立花・植原・染谷・上杉の五名がグラナダを訪問し、グラナダ大学心理学にて、2日間の研究会を実施した。1日目は、最初にグラナダ大学のフランシスコ・ララ教授が、スペインを含む欧州における「AIの哲学」の研究状況とそれをふまえたご自身の研究グループの取り組みを紹介された。つづいて、ニューカッスル大学のヤン・デッカーズ教授が、特に英国におけるAIの哲学およびAIの社会実装を巡る議論の状況を紹介された。3番目には、立花が、ララ教授とデッカーズ教授が共著で最近発表されたAIの道徳哲学に関する論文について検討し、共同研究の可能性の一つについて提案を行った。つづいて、グラナダ大学のミゲル・モレノ教授がEU圏におけるAI研究と政策について紹介をされ、最後にグラナダ大学のジョン・ルエダ博士がAIを用いた共感能力の増進についての批判的検討を行った。2日目は、日本グループから鈴木、植原、染谷、上杉が研究発表を行った。それぞれの発表タイトルと要旨は以下の通りである。(報告:立花幸司)

Francisco Lara教授による発表の様子

Toward an Update of Philosophy of Artificial Intelligence
鈴木貴之
発表要旨:人工知能の可能性と限界に関しては、1970年代から80年代にかけて活発な哲学的論争が展開された。古典的な人工知能研究に対する代表的な批判であるサールの中国語の部屋の議論とドレイファスの現象学的な批判は、好意的に理解すれば、いずれも身体の重要性を指摘する議論と解釈できる。深層学習をはじめとする近年の新たな人工知能研究は、意味理解の問題などの問題に解決を与える可能性があるが、汎用人工知能の実現には多くの課題が残されている。

Could AI be a creative machine?
植原亮
発表要旨:近年の機械学習・深層学習における目覚しい発展は、従来は人間に固有の能力と思われてきた知的創造性を人工的に実現する可能性を示唆している。たとえば、碁のようなゲームでは人間のチャンピオンでも思いつかない手が生み出され、物理学や天文学では人間には処理できない大量のデータから新たな発見がなされるという具合である。この発表では、創造性についてのこれまでの哲学的議論を概観したうえで、人工知能と知的創造性をめぐっては、知識の再定義や認識論的依存の新形態の模索といった課題が生じるが、それ自体が深層学習などの手法を組み入れる形で探究されるべきかもしれないとの結論を示した。

What the 21st century’s philosophy of AI should consider: Human-machine hybrid nature
染谷昌義
発表要旨:1980年代の第二次人工知能ブームでは、人間の知的能力を機械に模倣させることが真剣に検討された。哲学者は人間知性と機械の計算との原理的違いを指摘し人工知能研究への批判を行ったため、人間の知的能力の特異性が際立った。しかし2010年代からの第三次人工知能ブームでは人工「知能」と言われてはいるものの、人間知性の模倣は必ずしも目指されてはいない。多量のデータを用いた機械学習(深層学習)によって人間には到底及ばない学習経験を経て、これまでは不可能だった画像認識などの統計的な処理が可能になった。今やこうした機械には、私たちが多種多様な情報の海に溺れず生活するための舵取りが期待されている。この事態は、技術の哲学からは、アクタントである機械と人間とが織りなすシステムの変容とシステムを律する規範の変容として、哲学的に考察すべき問題となる。また心の哲学からは、この事態は、計算機械の振る舞いもそれを使用する人間の知的活動の一部とする拡張認知の問題となる。これら両哲学の観点をまとめると、人間+計算機械のハイブリッド体の来し方と行く末が、第三次人工知能ブームにおける「人工知能の哲学」が考察しなければならないことがらだと考えられる。

Design tool for analyzing human-AI technology relation
上杉 繁
発表概要:人工知能技術を利用した利便性の高いサービスへの期待と人間阻害等の問題とのジレンマが懸念されている。技術による現実の社会への大きな影響を事前に考慮する方法の一つとして、様々なステークホルダーによるデザインプロセスへの参加がある。本講演では、個別のデザイナーを想定し、デザインのプロセスにおいて人間と技術の関係を分析するツールを活用する方法を提案した。そこで、ポスト現象学、拡張論の知見を踏まえ、こうしたツールに必要となる基本的な機能を検討した。