ワークショップ「機械学習・深層学習の哲学的意義」(日本科学哲学会)

鈴木プロジェクトでは、2019年に開催された日本科学哲学会第52回大会で、ワークショップ「機械学習・深層学習の哲学的意義」を開催しました。以下はその報告となります。(報告者:鈴木貴之)

ワークショップ「機械学習・深層学習の哲学的意義」報告
オーガナイザー:鈴木貴之(東京大学)
提題者:鈴木貴之(東京大学)、大塚淳(京都大学)、植原亮(関西大学)

 深層学習をはじめとする一連の手法が登場したことで、過去10年ほどのあいだに、人工知能研究はふたたび大きな進展を見せている。研究者の中には、深層学習は知能の基本的な原理であり、真の人工知能を実現するための鍵だと考える人もいる。
 深層学習、あるいはそれを含む機械学習の哲学的重要性は、人工知能の哲学にとどまるものではない。深層ニューラルネットワークはそもそも何をしているのか、そこで行われている情報処理は従来の統計的分析とどう異なるのかは、統計学の哲学における重要な問題である。また、知的道具として考えたときに、深層ニューラルネットワークにどのような可能性があるかは、認識論における重要な問いである。
 本ワークショップでは、このような事情を背景として、心の哲学、統計学の哲学、認識論という3つの観点から、深層学習・機械学習の哲学的意義を多角的に検討することを試みた。
 まず、鈴木貴之は、認知科学の哲学・人工知能の哲学の観点から、深層学習の哲学的意義を検討した。認知科学の哲学・人工知能の哲学における従来の論争図式は、認知の本質を記号計算と考える記号計算主義と、ある種のパターン変換と捉えるコネクショニズムの対立だったが、深層学習は後者をアップデートする道具立てとみなすことができる。深層学習は、人間の知覚過程などを理解するためのモデルとしては説得的だが、人工的なネットワークが持つ一連の特徴に生物学的な妥当性はあるか、より高次の認知過程がもつ体系性などを説明可能かといった点については、議論の余地が残されている。また、深層ニューラルネットワークによる汎用人工知能の実現に向けては、大量のデータを利用できない課題や異なる領域にまたがる知的課題にどう対処できるかといった問題が残されている。
 大塚淳は、古典的な統計学と機械学習を、それぞれの背景にある存在論と認識論の観点から比較した。古典的な統計学においては、統計的推論を行う際に何らかの確率分布を前提とした上で、それを近似する「自然種」としての分布族を導入し、それを推定することで帰納推論を行う。機械学習の主要なアプローチである因果推論と深層学習は、古典的な統計学を異なる方向に展開させたものと考えることができる。因果推論では、因果関係に関するより強い存在論的想定を課すことにより、反事実的な推論を行う。これに対して、深層学習では、大量のパラメータと多層の構造によって、特定の分布を想定しない、より柔軟な推測が可能になる。しかし、深層学習には、存在論的な仮定なしに確率種を発見することはどこまで可能か、モデルの信頼性に関する理論的な担保なしに推論を行うことは認識論的に許容可能か、といった問題が残されている。
 植原亮は、機械学習・深層学習と知的創造性の関係を検討した。機械学習・深層学習に関する認識論的問題としては、深層学習ネットワークは知識をもちうるか、これらは人間の認識のモデルとなりうるかといった問題があるが、これらは知的創造性をもちうるかということも重要な問題である。マーガレット・ボーデンは、創造性を、新しく、価値のある、驚くべきアイデアを生み出す能力と定義し、新しさと驚きをもたらすのは、結合的過程・探索的過程・変形的過程であると論じている。深層ニューラルネットワークの情報処理はまさにそのような過程であるため、人工知能も創造性をもちうると考えられる。しかし、現在ではその能力は領域特異的であり、人間が備える霊感的な創造性をもちうるかどうかは明らかでない。それゆえ、知的創造活動における人間と人工知能による分業の可能性を検討することも重要である。
 これらの提題に関して、参加者からは、深層ニューラルネットワークのブラックボックス性をどう考えるべきか、深層学習と行為の関係はどのように理解すべきか、深層学習の信頼性を評価することは可能か、機械学習の社会へのインパクトを考えるうえで過去に学ぶことはできるか、創造性には人間による理解可能性は不可欠か、といった数多くの質問が提出され、活発な議論が交わされた。
 一連の提題と議論から明らかになったのは、機械学習・深層学習の可能性と限界を適切に評価するためには、従来の理論や手法との類似点・相違点を明確化する必要があること、機械学習・深層学習には人工知能研究を超えた多様な可能性があるが、克服すべき課題も数多く残されているということである。

ワークショップ報告はこちらからPDFファイルでも読むことができます。