シンポジウム「人工知能の哲学2.0の構築に向けて」

日時:
2019年3月23日(土)
13時30分から17時45分

会場:
東京大学駒場キャンパス 21KOMCEE East K211教室

参加登録:不要

参加費:無料

趣旨説明

1980年代から90年代にかけての第2次人工知能ブーム期には、人工知能の可能性と限界をめぐって、哲学者と人工知能研究者のあいだで活発な議論が交わされていました。そして、哲学者からは、人工知能の原理的な限界を指摘するさまざまな議論が提出されていました。コンピュータの飛躍的な性能向上と深層学習をはじめとする技術的進展によって人工知能研究がふたたび大きな進展を見せているいま、かつて指摘された課題はすべて克服されたのでしょうか。あるいは、現在の人工知能にも原理的な課題は残されているのでしょうか。そして、人工知能の可能性と限界についていまあらためて考えるには、人工知能の哲学にはどのようなアップデートが必要なのでしょうか。このシンポジウムでは、第2次人工知能ブーム期に中心的な役割を果たした方々の講演を出発点として、当時の哲学的論争の成果や教訓を再確認するとともに、いまあらためて人工知能の可能性と限界を考えるためには何が必要かを考えてみたいと思います。

タイムテーブル

第I部:第2次人工知能ブームをふり返る

黒崎政男(東京女子大学)「人間の知性を逆照射するAI」
発表スライドのPDFファイル
柴田正良(金沢大学)「ロボットにも行為者性を」(発表スライドのPDFファイル
松原仁(公立はこだて未来大学)「人工知能になぜ哲学が必要だったか」(発表スライドのPDFファイル

第II部:これからの人工知能の哲学の可能性

鈴木貴之(東京大学)「人工知能の哲学のアップデートのために」(発表スライドのPDFファイル
立花幸司(熊本大学)「人間らしさとしての徳と人工知能」(発表スライドのPDFファイル
染谷昌義(高千穂大学)「22世紀のAIの哲学ー人間本性論から資源本性論への方向転換」(発表スライドのPDFファイル

第III部:総合討論

報告

2019年3月23日、シンポジウム「人工知能の哲学2.0の構築に向けて」が東京大学駒場キャンパスにて開催された。シンポジウムのテーマは、第3次人工知能ブームの真っ只中にある今、1980年代から90年代にかけての第2次人工知能ブーム期に提出された人工知能の原理的な限界を指摘する議論を再検討し、新たな人工知能の哲学の展開へと繋げようというものであった。

 第1部「第2次人工知能ブームを振り返る」では、黒崎政男先生(東京女子大学)、柴田正良先生(金沢大学)、松原仁先生(公立はこだて未来大学)の3名の提題者が講演した。1人目の提題者である黒崎先生は、第3次人工知能ブームが訪れている現在でも、第2次人工知能ブームに提出された人工知能の限界に関する哲学的問題が解決されているわけではないこと指摘した。また、人工知能の発展によって、人間とは何かが明らかになるという興味深いアイディア(人間の知能を逆照射するAI)も提示された。2人目の提題者である柴田先生も同様に、第2次人工知能ブームに提出された問題が未解決であることを指摘し、それらの問題を解決する人工知能の哲学を展開すべきであると主張した。また、道徳的行為者としてのロボットという視点から、人間とは異なる生存条件を持つロボットに対しては、新たな道徳システム、準・道徳システムを制定する必要があるのではないかという提案もなされた。第1部最後の提題者である松原仁先生は、全提題者のうち唯一の人工知能研究者であり、哲学者ではなく人工知能研究者の視点から、第2次ブームで提出された問題に対するアプローチを提示した。

黒崎先生による講演の様子
柴田先生による講演の様子
松原先生による講演の様子

 第2部「これからの人工知能の哲学の可能性」では、鈴木貴之先生(東京大学)、立花幸司先生(熊本大学)、染谷昌義先生(高千穂大学)の3名の提題者が講演した。1人目の提題者の鈴木先生は、サールの中国語の部屋、デネットのフレーム問題といった第2次ブームでの問題を振り返った後で、それらの問題に関わるいくつかの中心的な論点を抽出し、これからの人工知能の哲学にとって何が中心的な問題となるのかをまずは考えなくてはならないのではないかと提案した。2人目の提題者の立花先生は、人間らしさとしての徳と人工知能という観点から、人工知能は徳を持てるのか、人工知能を用いて人間の徳を涵養できるのかという2つの問いを提示し、それらの問いについて考察していくことが、今後の人工知能の哲学にとっての重要な課題のひとつであるという見解を示した。第2部最後の提題者である染谷先生は、知性には脳だけでなく、身体を含めたそれを取り巻く環境も必要であるという見解を示し、人間と同様に、ロボットに対しても、それが生存、成長できるような環境を用意しなくてはならないと主張した。

鈴木による講演の様子
立花による講演の様子
染谷による講演の様子

 第3部では、参加者からのコメントや質問をもとに、総合討論が行われた。以下は、参加者から挙げられたいくつかの質問やコメント、それに対する提題者からの応答である。
1. 汎用知能とはそもそも何なのか、それは定義できるのか。
 この質問に対し、松原先生からは、「AIに関する用語は人によって用い方が違う。AIという用語自体も、AI研究者の間では統一された用法が存在していない。自分のやっていることに対してメタ的な思考を持つことができること、これが汎用なのだろうか。」、「AI研究においては、先に用語の定義がなされるのではなく、実際にAIを作ってみてから、用語の意味が考えられるのである。現時点では、汎用知能ができていないのではっきりしたことは言えない。動機付けを持っていることを汎用と呼ぶ人もいる。例えば、自ら俳句を作りたいという情熱を持っているのかどうかということである。」という応答があった。また、鈴木先生からは、「自律的であるということを汎用と呼ぶこともできるのではないか。つまり、複雑な思考や運動ができなくても、自ら思考し、運動するのであれば、それを汎用と呼ぶことができるかもしれない。そのように考えると、汎用かどうかということと、複雑かどうかということは同じことではない。」という応答もあった。

2. AIに創造性をどれだけ身につけされられるのか。我々人間は、仮説を立て、それを検証することができるが、AIにも同じようなことが可能なのか。
 この質問に対し、松原先生からは、「人間が仮説を思いつくというようなひらめきではないかもしれないが、AIもデータから何らかの知見を得ていることは間違いない。ここで人間と少し違うのは、AI自身にはそのような自覚はないということである。しかし、我々がアブダクションと呼んでいることが、AIにも機能としては(結果としては)できていると言える。」という応答があった。

3. ロボットは心を持つのかどうか。
これに対し、黒崎先生からは、「ロボットに心があるように思われることと、実際にロボットに心があることとは違う。後者は単なる人間の妄想に過ぎない。」という応答があった。それに対し柴田先生は、「心を持っていると考えざるを得ないようであるならば、実際に心を持っているのである。それは我々が他者の心について考えるときと同じである。つまり、他者が心を持っていると判断するのは、他者が実際に心を持っているように思われるからである。ロボットの場合もそれと全く同じである。」と反論した。また、松原先生からは、「ロボットが実際に心を持っていることと、単にそう思えるだけということの違いこそが、AI研究者が構成的に(実際にAIを作ってみることによって)知りたいことである。」というコメントもあった。

総合討論の様子

 シンポジウム全体を通して、会場は終始活気のある雰囲気に包まれていた。第2次ブームで提出された問題が今もなお未解決のまま残されていることが明らかにされたと同時に、今後の人工知能の哲学の展開へ向けての方針が打ち立てられたという意味で、今回のシンポジウムは非常に有意義なイベントになった。

(報告者:若林佑治(東京大学大学院総合文化研究科博士課程))